野性植物学

今回は 植物の栽培や観察から離れて、私が常々思っている 植物に対する取り組み方について、投稿してみようと思います。

私が もし誰かに「貴方は植物の何の研究者ですか」尋ねられたら、躊躇無く「私は『野性植物学』の研究者です」と答えます。この「野性植物学」と言う名称は、あまり聞き慣れない言葉で その様な分野も確立されていません。そこで 良く分からない言葉を理解するには、その反対語を思い浮かべてみると 理解し易い事が有ります。この反対語は「園芸植物学」でしょう。この園芸植物は、人間にとって有用な植物を 人間が直接的にその増殖に関わって来た植物です。ですから 野性植物は、人間にとって 有用か有害かに関わらず、人間が直接その増殖に関わっていない植物だと思います。野性植物の研究は、人間にとって役立たないと思われている為に、分類学を除けば その殆どが 深く研究されていないのが 現状の様に見えます。これは植物に限らず 生物全体に言える事です。でも 園芸植物は植物全体から見れば極一部で、野性植物がその殆どを占めているのです。人間に役に立つかどうかで 研究対象を選ぶのは やむを得ない事ですが、そうなると 野性植物は どうしても 研究対象から外れ勝ちになってしまいます。でも 良く研究対象にされる園芸植物は、全て野性植物から作られたものです。またその研究内容も 人間と関わる事が殆どで、その元の野性植物については、蔑ろにされる事が多いのです。その上 この植物の有用性の判定や研究対象を選ぶ基準についても、人間から見てのもので 生物全体からの視点では有りません。

野性植物については 専門の教育課程でも、分類や自生地の分布以外は 殆ど扱われる事は有りません。その理由としては、その研究が 即収入や仕事に結び付かず 関心も無いからですが、研究対象がとてつもなく広く 更にとても長い時間がかかる事にも その原因が有ります。でも その研究は とても重要で 本当は必要な事なのです。私が今まで感じていた 研究事情で気になる事の一つは、多くの研究者が 種子を播いて 実生の苗を育てる事を とても苦手にしている事です。でも 植物を研究する最初の第一歩が、種子を播いて 実生で苗を作る事なのです。その過程を詳しく観察していると、その植物が何から派生し どの様な環境を経て、今の姿になったかをある程度推察出来るのです。そして 株が大きくなる迄 しっかり観察していると、自ずとその植物の最適の育て方が分かって来ます。これは 何も野性植物に限った事ではなく、園芸植物にも言える事なのです。

ではこの問題に どう対処すべきかについて、私は次の様に対処するのが良いと考えます。園芸植物について 何かを研究する際は、まずその元になった野性植物についても研究し、その成果を参考にして その園芸植物を研究する事です。そこで得られた研究内容は、園芸植物の研究にも 必ず何かしら役に立つ筈です。その際 その元となる野性植物が、既に入手が困難になっている時は、その園芸植物を出来るだけ野性に近い状態で、実生から育てて 観察して調べてみる方法が有ります。

研究対象を選ぶ時は、前に行った研究と同じ科や類似の植物の研究を対象にせず、関連の無い植物を選び それ等の植物を比較し、その類似点や相異点を観察すれば、単体で扱っていては気付かない事象が見えて来ます。それがまた新たな研究対象にもなって来る事も有ります。ですから出来るだけ研究対象を広く、且つ幾つかに広げる事が肝要です。

この野性植物の研究を疎かにした事例を、ユリを例に取り上げて説明してみましょう。

野性のユリの中に ササユリやヤマユリが有りますが、これ等のユリはその自生地を広げる時に、日照が十分に有り 肥沃な土壌では 生存競争が厳しくなるので、石ころが多く 痩せて 日照が少ない所でも生存出来る様な種に派生し、そこに生き残る活路を見出した「生存戦略」を採っているユリの仲間です。そこで 生存競争の激しい元の地域に戻らない様にする為に、球根をわざと腐り易くしたり 肥沃な土壌になった時は ウイルスの力を借りて枯らす戦術を採っているのです。多くの植物が同じ様な方法で、種を派生し 自生地を広げています。この様な形質は 山野での野性の生態を、詳しく観察していれば 分かって来るのです。この成果を応用して ヤマユリやササユリを 身近で栽培する際は、移植する時は 必ず下根を完全に除去し、球根は必ず木炭で固く固めた上に置き、施肥はせず 消毒もせずに ウイルスの感染を防がない方法を採ります。これは 園芸業者や研究者とは 正反対の栽培法で、この方法で育てた個体を使って、色々な研究をすべきなのです。でも 残念ながら 野性のユリを研究する人は 殆どおらず、この栽培法を採る人はいません。

この様な状況は ユリ以外の植物にも見られます。