サンショウ

サンショウは古くから日本古来の香辛料として、多くの人に親しまれて来ました。その割りに個々の形質については、知っている人は意外と少ないのです。そこでここでは、その余り知られていない部分を中心に解説していきます。

サンショウは雌雄別株で、当然雌株には雌花が付き、雄株には雄花が付きます。最近これ以外に、今まで知られていなかった両性花が見つかりました。これについては後日花が咲き出す頃に、「アシガラサンショウ」の中で詳しく解説します。雄花は咲く直前の蕾を摘んで「花山椒」として、主に関西方面で佃煮等にして食べられます。新芽に比べ雄花の方は、木を痛めないので全て摘んでしまっても問題有りません。雌花には当然雄蕊は無く、小さなツノの様な雌蕊が2本付いているだけの地味な花で、体積が小さく、食用等に使われる事は有りません。

新芽

春になって新芽が動き出した頃、その長さが2~3㎝に伸びたものを摘んで、佃煮等にして食べます。雌株雄株共に摘まれますが、ただ実を収穫するつもりの人は、雌株の新芽を摘んでしまうと、雌花も一緒に摘んでしまう事になり、実が採れなくなってしまいますので、注意して下さい。料理の香り付けとして使う物は、1㎝程度の小さい芽や一枚の若葉が使われる事が多い様です。料理で「木の芽」と言えば、サンショウの新芽を指すほど、日本では代表的な山菜です。例外的に新潟県の一部では、「木の芽」はミツバアケビの新芽を指す所も有ります。

果実と種子

サンショウは、風媒花でその花粉は、スギ花粉の様にかなり遠くまで飛んでいる様です。実を良く付ける雌株の5m程離れた所に在る雌株より大きい雄株の花を全て摘んでみたのですが、雌株の実のなり方は全く変化が無く、良く実を付けています。その雄株以外に近くには雄株は見当たりません。かなり遠くからしかも大量に飛んでないと、こんなにびっしりと実は付きません。雌株の実は5月中旬を過ぎると、中身の種子はまだ未熟で柔らかさが残っていますが、外観は既に完熟した大きさになっています。それを摘んで「実山椒」として、佃煮や香辛料として使うのです。ただし好みによって実のカリカリする歯応えを楽しむ人は、6月に入ってから摘むと良いです。これはサンショウの持っている、虫や小鳥に対する防御機能の臭みや刺激を、人間が逆にこれを香りや辛味と捉えて、嗜好品や香辛料として使っている訳です。まさに人が「蓼食う虫も好き好き」の虫で、サンショウにとってはとても迷惑な話です。これは果実の外側にあるボツボツした皮にその成分が有り、中身には全く臭みや刺激は有りません。9月に入ると果実の外側が赤く色づいて来て、それが二つに割れて中からツヤツヤした黒い種子が現れます。この種子には辛さも香りも全く有りません。その黒い種子には細い一本の筋が付いていて、種子は下に落ちる事は有りません。これらの状況からすると、サンショウは未熟の時とは逆に、その種子を小鳥に食べさせようとしているのです。外側の皮を赤くして小鳥を呼び寄せて、種子を黒くして小鳥の食欲をそそり、小鳥の嫌がる種子を覆っていた辛みの有る皮は脇に畳んで、その種子を小鳥にとって危険な地表に落とさないのは、小鳥に食べてもらう事を狙った証拠です。では何故小鳥に食べさせたいかと言うと、食べて貰って、遠くへ運んで貰いたいからなのです。でもこの鳥に運んで貰う形態の種子の多くには、鳥の好む果肉を付けているのですが、サンショウの果実には、その様な果肉は有りません。それは果肉ではなく種子そのものを、小鳥に食べさせているからです。クリやドングリも同じこの種子自身を、ネズミやリス等の小動物に食べさせる形態で、運び込まれた巣穴での食べ残しを期待しているのですが、サンショウは小鳥の胃の消化残りを期待しているのです。この場合の種子は適当な硬さの殻が有り、小鳥の胃の中でこの殻が、おそらく95~99%壊されて種子が消化され、残った種子が糞と一緒に排出されて、発芽するのでしょう。まさに小鳥の胃の強さとサンショウの殻の硬さは、絶妙な釣り合いを保っているのです。どちらが強過ぎても、片方には不利になりこの方法は成り立ちません。この消化残りの形態はとても珍しい形です。南方の島のカタツムリが、他の島に移る手段と良く似ています。またこのサンショウの種子には、艶のある黒い薄皮を取ると、その下に焦茶色の油脂膜が現れます。この油脂膜が有ると、種子は発芽出来ません。この油脂が発芽抑制作用を持っているのです。小鳥に食べられず親株の下に落ちた種子は、その油脂膜の為、発芽出来ず枯れてしまいます。この方法の発芽抑制機構は、他にモッコクが有り、こちらは橙色の油脂膜で、小鳥が運ぶ訳では有りません。この様にサンショウは小鳥が種子を蒔いているので、小鳥の棲む里山や人家に近い所にしか、自生しません。ナンテンも同じです。ちなみにサンショウクイという鳥がいますが、これはここで言う小鳥とは違います。その鳥の聞き做しが、まるでサンショウの辛い実を食べて、ヒーヒー言っている様に聞こえるからで、実際にその実を食べている訳では有りません。

サンショウの幹や枝には、葉の付け根に有る冬芽を動物や鳥から守る為に、葉の付け根の両側に棘が付いています。この棘は自生する地域によって異なり、新潟,長野,福島,富山,福井などの豪雪地帯では、棘の無い株が半分近く見られます。園芸種ではアサクラサンショウが、「棘無し」として知られています。これは戦国時代の武将の、朝倉氏の出身地の兵庫県養父市の朝倉に由来しているからで、古くから有った園芸種の様です。サンショウの棘は株によってかなり大きさにバラツキが有ります。豪雪地帯ではない関東地方以西の山中で、野生種で棘無しの株に出会った事は,私は60年程の間にまだ2株しか有りません。野生ではそれくらい稀なのです。それが湘南の藤沢北部地区の住宅地では、実生の棘無し株に良く出逢います。多分園芸店で売られているアサクラサンショウの種子や花粉が多くなっているのでしょう。多分各地の緑の多い住宅地でも、探せば見つかると思います。この棘は新梢が出来た時に作られ、伸びた枝に後から棘が生える事は有りませんので、一度棘を外してやれば、再度生えて来る事は有りません。毎年その年に伸びた枝についてだけ棘を外せば、毎年木全体の枝を調べる必要はありません。事業用の株は無理ですが、家庭の株では面倒ですが安全の為、棘を外しておく事をお勧めします。外し方は刺の有る枝をしっかり押さえて、棘を横に倒す様にすると根本から剥がれて外れます。棘が対ではなく互生しているものは、イヌサンショウです。

サンショウの材としての使われ方としてまず思い浮かぶのは,「すりこぎ」でしょう。何故すりこぎに良く使われているのでしょう。サンショウの香辛料としての香りが考えられますが、その材には香りは全く有りません。もしそれが有ったら、すりこぎの香りが移っては困る食材も有る筈です。古いすりこぎでも、油の様な成分が含まれていますが、匂いや味は有りません。多分すりこぎの材として選ばれたのは、その適度な硬さとひび割れをしない事だと思います。硬過ぎて摺鉢の目を潰す様でも、柔らか過ぎてすぐ減っても困ります。またひび割れがあると、そこに前に調理した食材やカビが入ってしまい、それが新たな食材移っては困ります。いつまでも残っている油脂分が割れを防いでいるのでしょう。ちなみに永平寺にある、「我が身を削って世のために尽くせ」と言う教えの超特大のすりこぎは、杉か檜でしょう。

種蒔き

秋に実が赤く色付いて何個か実が割れて、中から黒い艶のある種子を覗かせて来たら、種蒔き用の実の収穫時期です。実は房の根元から房ごと必要量だけ収穫し、室内に置いときます。一日置くとほぼ全部の実が割れて、中の黒い種子が出て来ますから、それらを皮から外して集めます。この残りの皮の方は、乾燥させて香辛料として使えます。実の収穫と同時に、黒皮剥きの為の貝の荒砂を作って置きます。貝は殻が硬いのでシジミを使います。貝殻を叩いてサンショウの種子の半分くらいの大きさにして置きます。ビニール袋に貝の荒砂とサンショウの種子を入れ、5~10分軽い力で揉みます。すると焦茶色の油脂で貝砂が少しベトベトして来ます。その中から種子を取り出して、新聞紙の上に重ならない様に並べます。その上に更に新聞紙を置き、縦横に動かして種子を転がし、種子に残っていた油脂分を拭き取ります。新聞紙を取り替えてこれを3回繰り返すと、新聞紙に油脂が付かなくなります。更にこの種子を石鹸で洗い、その後水で十分濯ぎ洗いをします。これで種子の油脂の除去作業が完了です。この状態で保存して置くと、発芽力が落ちて来ますので、油脂を取ったらすぐに蒔きます。直ぐに蒔けない時は、油脂を取る前の黒い艶の有る状態で、蒔く時期まで保存して置きます。つまりこの油脂膜には発芽抑制作用と同時に、発芽力を維持する働きも兼ね備えている様です。これは一見矛盾する様に見えますが、とても合理的な機能なのです。この発芽率は7割程度です。用土は普通の種まき用土です。蒔き床は8~10㎝の鉢に一粒づつ蒔く事をお勧めします。箱蒔きやプランターはお勧め出来ません。サンショウは移植を嫌う傾向を持った木です。鉢は葉が枯れるまで、その位置を変えてはいけません。定植は葉が枯れてからにしますが、鉢の置いた場所より日照時間が多い場所に移植すると、枯れてしまう事が有ります。

植物フェロモン

この種蒔きの時、深いプランターの底に用土を少量入れて、蒔き床にしてみました。すごい数のサンショウが密集して発芽して来たのですが、本葉が3枚程度に育った時、突然全ての株が枯れてしまいました。この枯れた原因が気になったので、それを調べる為に翌年に次の様な栽培実験をしてみました。深さ10㎝程の発泡スチロールの箱に、種子の間隔を5㎝程にして植えて置きました。すると今度は高さ20㎝程までは無事育ちましたので、一部を鉢に植え替えてその箱から3m程離れた所と、元の箱に密着した所と、2群に分けて移植して置きました。その後台風が接近して、それらの苗は葉が激しくも擦れ合う様に揺れていました。その嵐の後から箱と箱に密着させた鉢の苗が、葉が黄色くなり始めてひと月もしない間に全て枯れてしまいました。離して置いた鉢の苗は、そのまま成長していました。これはサンショウが気体の植物フェロモンを出している様に思います。フェロモンとは主に動物や虫で、「集団生活において、他の個体の行動を制御する情報伝達物質」とされています。このサンショウに当てはめると,他の個体の行動とは、他の株が自らを枯らす事です。発芽抑制物質と異なる点は、フェロモンは自己と他を区別して働くのに対し、発芽抑制物質の方は自己と他を区別せず、自身に対しても作用してしまう事です。葉と葉が強く擦れ合うと出される様で、何らかの原因で葉が強く擦れ合ってフェロモンが出されても、自身には何の働きかけも有りませんので、何も起きません。ごく近くに他の小さいサンショウが有れば、その株は枯れてしまうのでしょう。深いプランターに植えた株は、この気体が無風の時底に溜まり易くなり、直ぐに枯れたのでしょう。ですからサンショウを植え付ける際、必ず枯れると言う訳では有りませんが、近くにサンショウが有るか注意して見て下さい。今までサンショウに触れた時、独特の匂いを出すのは、鳥や虫に食べられない様にする為と考えられていましたが、直ぐ側に競争相手が育たない様にする為のフェロモンなのかも知れません。

 

次回は 「ヤマユリ達の生き残り戦略」を取り上げます。