ギョウジャニンニク

以前植物の調査で長野県北部へ行った時、地元の人が山の植林地の林床に、副業としてギョウジャニンニクを栽培している、と話してくれました。ギョウジャニンニクは沢山は作れないが、林床を利用出来て時間はかかるが手間がかからないので、林業の副業に適した作物なのだと話してくれました。そこで私もギョウジャニンニクを、実際に栽培して調べてみる事にしました。ギョウジャニンニクは人気のある山菜で、北海道,東北,中部地方の寒冷地で栽培,消費されている様です。特に北海道では市場に沢山出回っていて、その殆どが栽培物だそうです。出荷される状態は、成長した株を暗くして育てる「軟白化処理」した物だそうです。関東の白ネギ、関西の葉ネギの関係に似ていますね。

温暖な湘南地域で栽培出来るのか

まずこのギョウジャニンニクを、温暖な湘南でも栽培が出来るのかを、調べてみる事にしました。そこで近くで催された植木市の山野草の所で、産地は不明でしたが、ひと鉢に2,3株入った物を買い求めました。植え方は寒冷地を好む事から、ヤマシャヤクと同じ様に、底に炭のかけらを敷き、その上に鹿沼土を撒き、その上に栽培用土を入れました。容器は発泡スチロールの箱で、深さ15,縦30,横40㎝程度の物です。これは以前から寒冷地に自生する植物は、発泡スチロールの容器に植えると、庭に直植えするよりも良く育つと言う経験が有ったからで、他の方法を試す事なく迷わずこの方法にしました。発泡スチロールの容器は、殆んどの植物で使えますが、この方法が向いている場合は、植えられた植物は根を箱の外に出しません。水抜き穴から根を出すことさえ稀です。発泡スチロールでなくても良い植物は、発泡スチロールを土と同じ様に捉えて、その根は発泡スチロールを突き抜けて、どんどん外に出して来ます。この現象から発泡スチロールの適否を判断すると良いと思います。箱を置く場所は、直射日光が一日3時間近くになる所で、日除けはしませんでした。暑さを嫌う植物は、よく寒冷紗等で日除けをしてしまう場合が多いのですが、そうすと逆に葉が日焼けを起こしたり、花が咲かなくなる等そのほとんどが、その植物を弱らせてしまっている事が多いのです。この方法で栽培すると、秋から冬は地表に緑色の長さ1㎝程度のツノ状の冬芽で過ごし、2月中旬にその芽が動き出し、3月下旬に葉の展開を終えて、4月下旬から5月には花が咲き、7月になると葉は枯れます。この時既に冬芽は地表に現れています。この栽培状況から、熱帯夜や真夏日が続く様な暑さにも十分に耐えられる事は分かりました。ただ残念ながら花は咲いても種子は採れませんでした。別系統の株を近くに置いておけば、種子が採れるのではと思い、長野県の上高地の入り口に在る道の駅で、地元で作られたと言うギョウジャニンニクをひと鉢買い求めて、前と同じ様に植えて隣に並べて置きました。それでも種子が取れないので、手で受粉をしていますが、今も相変わらず種子は毎年3〜5粒くらいしか採れてません。これは花粉を媒介する虫が、全く見られないのが原因でしょう。何百株も栽培すれば虫が来る様になるかも知れません。この少ない種子を毎年蒔いていると、毎年2,3株が発芽し、4,5年かけて普通の大きさにまで育っています。それらを株分けして増やしても良いのですが、ギョウジャニンニクは、株分け以外にちょっと変わった増殖手段を持っています。それは太めの根の途中に木子を生成し、それが新たな独立した株になるのです。その為株分けしなくても、親株からちょと離れた周囲に子株が広がって行くのです。この方法は発芽後3年目ぐらいから始まっている様です。これに似た増殖法を採るのが、園芸種の赤紫の花を咲かせるカタバミに見られます。こちらの方は根ではなくイチゴのランナーの様な増殖専用の腕を地中に伸ばして、その先端に木子を作って増えていきます。施肥については、ギョウジャニンニクやヤマシャヤクは、野生の山野草ですので、肥料は一切与えていません。その代わり乾燥させた小枝のチップを敷いてあります。

以上の結果から、「温暖な湘南でも、ギョウジャニンニクの栽培は可能である。」という結論を得ました。ただまだ大量の種子を得られていませんので、大量栽培の自己完結は出来ていません。この状態では本格的な業務用の栽培は無理かも知れませんが、家庭菜園としては株分けと木子による増殖で十分可能です。また栽培が出来たとしても関東地方では、大きな消費は有りませんので、それを開拓するのが課題になります。

実生株に現れた変異株

購入した株は、植え替えと株分けは全くせずに、観察だけにとどめています。植えたままにするとすぐに箱いっぱいまで増え、それ以上は増えませんでした。それらの株には、変わった変化は見られません。種子を蒔いて育った実生株には、5,6年前と3,4年前に蒔いた2株に、元の株には無い形質が現われました。一つは葉が8月下旬まで枯れずに残る形質です。この株は5,6年前に蒔いたようで、既に多くの木子による増殖の株が見られます。普通の株は湘南地域では、7月入ると枯れてしまいますが、これより2ヶ月近く枯れるのが遅くなっています。もう一つは葉が枯れた後に見られる、1㎝ほどのツノ状の冬芽が9月始めに伸び出して、長さ10㎝幅2㎝程度まで展開して、その状態のまま止まっています。このまま冬を越して、また春に伸び出すのでしょうか。この株も既に木子による子株が1株見られます。この葉が枯れるのが遅くなる株の方は、前々からこの様な傾向が少し現れていたのかも知れませんが、今回の様に子株も含めて、はっきりとその形質が現れたのは初めてです。もう一方の秋に新芽を出してしまう方は、前年にはこの現象は全く現れていませんでした。これらの株は、子株を作る様な大きさまで成長すると,その形質が顕著に現れてくる様です。この二つとも自生地に比べ、葉の活動期間が大幅に長くなっています。多分この為成長が早くなり、その影響が木子を多く生成する要因となって現れていると思います。この変異は温暖な気候にとっては、とても有利な変異と考えられます。気になるのは、まだ実生が50株もいかない状態で、栽培地の環境に適した形質の株が、2例も現れるのは普通は考えられません。「環境の大きく異なる所で栽培した植物は、その環境に都合の良い変異を起こし易くなる。」という事になりますが、そんな論文や学説は聞いた事が有りません。「卵が先か、鶏が先か」の議論を思い起こさせます。ただ偶然その年だけ現れた現象であれば、次の年には現れない筈ですが、何年か続いていたとなれば、本物かも知れませんね。もう一つ考えられる事は、これらの株を作った人工受粉に、その原因が有ったと考える事です。その受粉が上手く行っていななかった証拠に、僅かしか受精していない状況が有ります。もしそうならその不完全な受粉が、何らかの選別を引き起こしたとも考えられます。「環境に有利な形質」が、その選別基準となり易かったのかも知れません。もしこれらの株が花を咲かせる様になったら、この二つの株を交配してみようと思っています。一年中緑が見られるギョウジャニンニクが出現するのでしょうか。まるで冬でも緑の葉が残っている「フユザンショウ」みたいです。人工的では有りますが、寒冷地から温暖な地へ進出して行く進化の過程かも知れません。

 

関心のある方は、難しい設備も必要無いので、栽培してみて下さい。

 

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他の株は全て枯れたのに、この一群の株はまだ緑がしっかりしている。この一群は木子で増殖したもの。(8/12)

 

 

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秋になって伸びだし、この状態で止まったもの。今年が初めての現象。(10/18)

 

次回はサンショウを取り上げます。