ヤマユリ達の生き残り戦略

ヤマユリやササユリは、とても栽培が難い植物です。それは一般の栽培植物には無い、特殊な形質を備えているからです。それ等の形質は、ヤマユリ達の持つ種としての生き残り戦略によるものと私には思えます。それを一言で言うと「環境の良い所に出た株は枯らす。」で、それはどんな戦略なのか、個々に解説して行きます。

環境の良い所から悪い所への進出

生物の種は一旦生まれると,あらゆる方向に変化し進出して行きます。不都合に変化したものはその場で消滅して行き、環境の悪さに都合良く変化したものは、環境の悪い所でも進出して行きます。環境の悪い所では変化が少なく、基本的にはこの変化の流れは、「環境の良い所から悪い所へ」となります。環境が激変して、良かった所のものが消滅して、悪かった所のものが残って居た時だけ、普段と逆方向の「悪い所から良い所へ」となります。環境の良い所の生物は、常にこの激しい変化の競争に晒され、競争には強くても種としての寿命は短くなります。一方環境の悪い所へ進出したものは、競争力は弱く数は増えなくても、安定した生存で種の寿命も長くなります。

ユリについて言えば、タカサゴユリオニユリは前者の仲間で、ササユリやヤマユリは後者の仲間になります。ただこれらのユリの関係では、環境の良い所と悪い所が地理的に近いと言う特徴が有ります。私はその近さがこのユリ達の、独特の生き残り戦略を生んだのではないかと思います。ササユリやヤマユリが重視する環境の悪さは、養分の少ない痩せた土壌とその土壌の厚みが少ない事で、日照についてはそれ程拘ってはいない様です。この様な痩せた環境は、近くに肥沃土壌が深く溜まった所が良く有るものです。例えば昭和30年以前の、畑地に面した斜面や雑木林です。そこは常に植物が刈り取られ、土壌の養分が畑の方へ収奪され続けていた所で、常に痩せてその土壌も薄くなっていました。そこがヤマユリやササユリの、絶好の自生地になっていたのです。ところがそれ以降の日本の食物生産体制が変わり、それらの土地の肥沃化が始まり、そのユリ達の消滅が起きているのです。今では古くから有った道路の崖地等に限られてしまいました。

根の特殊な構造

ユリは球根の上下に根を付ける珍しい形態の草です。上根は茎に付くので、茎が有る夏に主に活躍する根です。下根は球根を下に引っ張る働きが有るので、「牽引根」とも呼ばれています。ただこの呼び方は適当では有りません。確かに下根には球根を下に引っ張る働きは有りますが、引っ張る働きは下根に限らず、上根にも同じ様に強い牽引力が有ります。これを証明する栽培方法として、細長い箱の中央に球根を植え付けます。すると上根は箱が細いので、縦方向には根が張れず、横方向にしか根が張れません。夏の終わりごろになると根の牽引力によって、茎の根元が左右に裂けてしまいます。ユリの根は発根して伸び終わるまでは普通の草の根と同じですが、伸び終わると根の中心部の繊維が縮んで来ます。これが牽引力となるのです。上根も同じ構造です。ユリは色々な理由で、上体を揺らす構造にしているので、その揺れをしっかり支える役目が、この上根の役割なのです。もちろん上根下根とも根ですから、地中から水分やミネラルを吸い上げる働きは有ります。球根が下に引っ張られるのは小さい時だけで、大きくなり球根が下の堅い層の上に達すると、それより下には移動出来なくなります。下根の本当の役目は、引っ張る事ではなく球根が常に堅い層に固着している状態を、確認する為ではないかと考えます。

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上根に引っ張られ、茎の根元が左右に裂けた状態

ユリを脅かす病気

野生のユリはほぼ100%、葉が縮れて涸れてしまうバイラス病のウィルスに、感染していると言われています。でも野生の状態では見た事は有りません。確かに発症したら直ぐ枯れるので、見られないのかもしれませんが、これは感染していても発症しない株が殆どだからです。これは養分の少ない痩せ地の株では、発症しない様になっているからです。以前ササユリの鉢に、果実から作った油粕に似た物を置肥したところ、数日したら葉が縮れて来てしまったので、直ぐそれを取り除いたのですが、次の年には芽が出てきませんでした。このユリ達が痩せた土壌の所にいる限り、ウィルスは何の障害にもなっていません。これはユリが肥沃な土壌に出たか、その土壌が富栄養化してしまった時に、ウイルスの力を借りてその株を枯らしているのです。それは病気ではなくユリとウィルスは、共生関係に有ると言えるのです。

自らを腐らせてしまう目的とその方法

ササユリやヤマユリは、環境の悪い所で生きるユリです。環境が悪くても常に僅かですが変化は起きます。もし偶然環境の良い所に適した形質を持った種子が出来て、その種子が近くの環境の良い所に飛んで行ってしまった際、その株が育ってしまうと当然競争力は強いので、それらの花粉が逆に環境の悪い所まで飛んで、悪い環境の種を消滅させてしまいます。ユリは虫媒花で、種子もランの様に小さくは無いので、花粉も種子もそれほど遠くまでは飛ベません。このユリ達の都合の悪い肥沃地が、容易に飛んでしまう距離だったのでしょう。それを防ぐ為に良い環境に出てしまった株は、自らを腐らせたり病気を発症させたりして、枯らす戦略を採っているのです。まず種子が腐葉土の厚い肥沃な土壌に着地してしまった時、発芽したばかりの小さな球根は下に長く下根を伸ばしますが、堅い地層が無いので根がしっかり張れず、根が急激に縮み腐ってしまい、その腐りが球根まで腐らせて株は消滅します。これはそれらのユリの,栽培適地を判定する基準にもなります。種子を蒔いて一枚葉が出たら、7月に入ったら10株掘り上げて調べます。小さな球根の下根が茶色になっていたら、球根と葉が今は元気でも秋には消えてしまいます。こう言う株が半分以上で有れば、そこは栽培不適地になります。少し大きくなっても土が柔らかい為、伸びた根が急激に縮んだり、球根が容易に大きく下に引っ張られると、根が急激に縮み腐る事により、球根まで腐らせて株は消滅します。

茎の構造とその腐り易さ

ユリの本当の茎は、球根の下部の極僅かな部分です。でも植物体にとっては、とても大事な要となる部分です。地上に毎年現れる茎は、その本当の茎から出た枝なのです。その僅かの茎を、とても腐り易くしてあるのです。ですからそこから出ている根が腐ると、直ぐに本体の茎にその腐りが移って僅かしか無い茎全体を腐らせてしまうのです。更に肥沃な土壌であれば、植物を腐らす菌類の活動はとても活発になります。本来であればこの大事な茎を、腐り難い構造と材質にしておくのですが、全く逆になっています。植物ではこの様に逆になっている事は、時々見られます。例えば、クリの実はとても乾燥に弱いので、雨の日に落下する様なイガの構造を持っています。でもその実の下3分の1は、乾燥に全く無防備になっています。落ちてそのまま3日も経てば、ほぼ発芽力を失ってしまいます。これらは一見矛盾している様に見えますが、種の戦略に基づいて故意にその構造にしているのです。このユリの仲間は肥沃な所に出た株を、土中の腐朽菌の力を借りて消去する為には、この様に腐り易くしておく事が必要だったのです。

遅発芽性の理由

このユリ達は、種子が落ちても翌々春にならないと発芽しない、「遅発芽性」のユリです。これは1年余分に時間をかけて、種子を出来るだけ深く潜らせてから、発芽させたいからだと思います。堅い層により近い方が1枚葉の株の根が、腐らなくて済むからだと考えます。

気候の温暖化

この温暖化については、生物全体の問題で、このユリ達も特別な生き残り戦略は持っていません。涼しい所に移動するか、温暖化に強い形質に変えるかの二者択一です。このユリ達も温暖化によって、生き残りの危機を迎えようとしています。このユリ達は気候の温暖化に弱い様で、夏が暑くなった地域では、気付かれない内にどんどんと姿を消しています。ササユリの方がヤマユリより温暖化には弱い様です。ヤマユリは幸いまだ涼しい所にはかなり見られますが、でも温暖化が今より厳しくなれば、消えるのも時間の問題だと思います。この温暖化の速さには、自然の状態では着いて行けません。人間が早く温暖化に強い形質の株を選び出して、増やしてやる必要が有ります。

 

次回は「ユリと風の関わり」を取り上げます。