寒ボタン

5年程前に播いた実生のボタンの株の中に、今年の秋に普通のボタンとは異なる生態の株が有るのに気付きました。その生態について詳しく解説します。

時期外れな芽出し

今年の初夏に 草刈りの人が誤って草と一緒に刈ってしまった 実生のボタンが有りました。その後その株は 直ぐに短い茎と葉を出して来ました。普通の実生ボタンは その時期に刈られると、枯れるか そのままで翌春に芽を出して 一回り小さい株になります。ですから この株も少し変わっているが 普通の株であれば、晩秋になれば 2度目の葉は枯れるのだろうと 見守っていました。でも12月半ばになっても、全く枯れる気配は有りません。どうやら普通のボタンとは違う様です。そこで考えられるのは この株が寒ボタンの形質を持っている事です。その寒ボタンとはどう言うものか、またどうやって確認するかを調べてみました。

ボタンの種子を播き始めたきっかけ

私は 現在まで50年以上 ボタンの種子を播き続けています。きっかけは ボタンの解説書に、「ボタンは種子を播くと 実生株は野生に戻って、小さい一重の花になってしまうので、シャクヤクの根に接木して増やす」と書かれていました。私は逆に 是非野生のボタンを見てみたいと思い、それからずっと種子を播き続けました。ボタンは種子を播いてから 8〜10年で花を咲かせます。でも実生株のどの花もとても立派な花を咲かせました。野生らしい一重の花に遭った事は一度も有りません。栽培の専門家の方と話す機会が有ったので、その話をすると その方は「私も実生株を育ててみたのですが、野生の一重の花は見た事が有りません。ボタンはもう二千年以上園芸種として栽培されているので、野生種が現れる事は無いでしょう。」と言われていました。「専門書と言っても 全てを信用してはいけない」と言う良い教訓になりました。著者は誰かが想像で多分こうだろうと話しているのを聞いて、自身で確認する事なく 著書に断定して書いてしまったのかもしれません。ても 実生株で色々なボタンに出会えた事は幸いでした。

実生株と接木株の違い

現在園芸店で売られているボタンの株は、全てシャクヤクの根に接木した株です。その理由は 実生にすると 売りたい花を作る事が出来ない事と、花を咲かせる株にまで育てるのに 実生は接木の2倍の期間を要するからです。また 接木の台木も ボタンの根は、シャクヤクの2倍程の期間が必要で 活着率も良くないので、シャクヤクの根を使うのです。このボタンの実生株を育ててみて分かったのですが、実生は育てるのにとても長い期間がかかりますが、取り扱いがとても楽でした。栽培する用土は選びませんし、肥料も与える必要は有りませんし、細かい剪定も必要が有りません。毎年種子を採っても木が弱る事は有りません。普通の植物の 園芸種と野生種の違いによく似ています。

ボタンの実生株における形質の変化

私の播いているボタンの元は、母の家の庭に植えられていた2株のボタンです。現在育てている株は 4代から5代目になります。殆どのボタンは 自家受粉はしない様です。このたった1組から出てくる株でも、代を重ねると 色々な性質を持った株が現れます。花の色では、8,9割は 濃い赤紫色で 白は1割程で  残りはその中間色です。実生と言えども 全てが樹勢が強いわけでは無く、長く残るのは 3割以下でしょう。樹形の面では 殆どの物は 1m程の高さになりますが、中には 地を這う様に横に伸びる株や 2mを超える高さになる株も現れます。ボタンは 草本に近い木本で、葉で作られる養分の殆どは根に蓄える為、老木になっても 根は柔らかく瑞々しいのです。その根に蓄えた養分は、翌年に水分やミネラルと一緒に また上の芽まで運ばなくてはならないので、背は高く出来ないのでしょう。でもこの性質が有るので、シャクヤクの根とは相性が良いのでしょう。

今まで現れた形質の中で 最も珍しい形質は、ヤマシャクヤクの形質を持った株でした。外形と花は ヤマシャクヤクより一回り小ぶりで、3年目で花を咲かせる 早咲き性でした。でも 樹勢がとても弱く 珍しいので専門家と株分けしたら 枯れてしまいました。江戸時代の茶人に、ヤマシャクヤクの花は 可憐で花弁が内向きに咲くのが好まれていたそうなので、ボタンに掛け合わせた人がいた事が考えられます。その様な隠れた遺伝形質が 偶々現れたのでしょう。今回の株が もし寒ボタンだとすると、そのヤマシャクヤクに次ぐ珍しい形質の出現だと思います。寒ボタンそのものはそれ程珍しいものではないのですが、普通のボタンの中にその形質が入る事は殆ど無いと思います。その訳は 実生で寒ボタンの形質を得ようとすれば、必ず寒ボタン同士を掛け合わせるはずです。普通の株に寒ボタンを掛ける必要が有りません。この寒ボタン同士を掛け合わせた際に、寒ボタンには成らず  普通のボタンで とても良い花を付ける株が現れて、それを園芸品種としたのかも知れません。その様な場合にしか この形質が普通の園芸種に入り込む機会は無いでしょう。ですから 普通の株の実生株に 寒ボタンの形質が現れる確率は、非常に低いのではないかと思います。

寒ボタン

私は 寒ボタンは 書籍を読んで 知っているだけで、現物は まだ扱った事は有りません。寒ボタンは ボタンの変異種の 二季性のボタンで、花も芽も 春と晩秋の2回伸びて咲く様です。通常は 春の花は蕾の内に摘んで咲かせずに、晩秋の花だけを咲かすので この名で呼ばれる様です。晩秋の花は 花の開花を遅らせる為に、葉を摘んで 正月から寒中に咲く様にするので、寒中の花として 良く話題になっているのです。このボタンも普通のボタンと同様の理由で、全てシャクヤクの根に接木してあるそうです。ですから 根も寒ボタンの根である実生の寒ボタンの数は、各寒ボタンの園芸品種毎に1株づつ有る原木の実生株だけでしょう。即ち その数は 日本国内では 10数本程ではないかと思います。それ程寒ボタンの実生株は 貴重な株の様に思います。ボタンは木本で シャクヤク草本ですので、ボタンの根に切り替わらない限り、接木株は大きく成らず 寿命も短いのです。寒ボタンは この制約に加え 地上部の木本の二季性の形質を、一季性のシャクヤクの根に 負担を背負わせている訳です。その為に 本来持っている二季性の2度花を咲かせる事は、株が弱って出来ないのでしょう。

寒ボタンの確認

この株は もしかすると 以前からこの形質を現していて 私がそれに気付かなかったのかも知れません。ただ 何にしろこの株は 寒ボタンの性質をある程度以上持っている事は確かだと思います。その形質の程度を確認するには、今付いている葉を付けたまま 春に新たな芽が出て来て、その茎と葉がしっかり伸びるか 観察して確認する事です。もし 寒ボタンである事が確認出来れば、接木で増やすのでは無く 株分けで増やします。その方法だと 接木に比べて 作れる苗の数は少なくなりますが、根も寒ボタンの丈夫な株が得られます。その準備として 直植えの株を、発泡スチロールの箱に移植しておきました。その移植の際に感じたのですが、他の株に比べて 株の大きさの割に 根が太くて長い気がします。この様子では 接木の寒ボタンとは全く違った性質を持っていて、その扱い方も全く違って来ると思います。まず 本来の二季性の生態にして、蕾も葉も摘まずにそのままにして 2回花を咲かせて、自家受粉して種子が出来るか確かめてみます。

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12月半ばの葉の状態