ユリと風の関わり

ユリの名前は、「花が風にユラユラ揺れるから来ている」と言われています。ユリは、その根、茎、花、種子の各部が風と深く関係する仕組みになっています。これらは意外と気付かれていないのもので、どの様に風と関係しているか、各部について解説していきます。

ユリの根は、球根の上下に着く独特の形態を持っています。もし風に関係無ければ、普通の球根植物の様に下の根だけで済む筈です。ユリは上体を風で揺らす為それに耐える構造が必要で、その揺れを受け止める為には、出来るだけ地表に近い部分に、強靭な根を持つ必要が有るのです。それで根を上下に設けているのです。その根は春に地表近くに広く伸ばした後、その根を縮ませて茎を四方八方に引っ張ります。この張力によって、茎がしっかりと支えられているのです。

茎と葉

茎の外側に強靭な皮を作り、茎が撓んでも内側に凹んで茎が折れない様に、内側を硬めの綿状にしています。これはわずかな風にも揺れてしなり易く、且つ強風にも耐える為です。まるで釣り竿が僅かなアタリを感じ取れるが、強い引きにも耐えられるのと良く似ています。葉も風に逆らわず、やり過ごす様に細めでしなやかです。

ユリの花は横を向いて咲き、それを風で揺らします。でも受粉や後の事を考えれば、上を向いて咲く方が都合が良いのです。ではなぜ横を向くのか、それは数十メートル先の地表近くにいる、受粉をしてくれる虫に合図を送る為です。我々も街で人と待ち合わせをする時、待っていた人が遠くに見えたら、手を広げて掌を相手に向けて大きく左右に腕を振るでしょう。ユリも同じです。花が上を向いていたり、じっとしていては目立ちません。では何故上向きが受粉や後々に都合が良いのでしょうか。それは雌蕊の柱頭と花後の子房の動きを見れば解ります。虫が受粉に来た際上手く止まってくれて、花粉が受け取り易い様に柱頭だけを上に曲げています。受粉が上手く行って花弁が落ちて4,5日すると、子房の柔らかい内に横を向いていた子房を、まっすぐ垂直に立てます。もし花が始めから上を向いていれば、これらの動作は不要の筈です。ユリにとっては受粉してくれる虫を迎える事が最優先で、その為余分な動作をしてでも、花を横に向けて僅かな風でも捉えて揺らしていたのです。このユリの子房の動きは、ユリの受粉が上手く行ったかどうかの判定にも使えます。またユリが崖地の様な斜面に生えて茎が横向きになっていても、花の水平と子房の垂直の向きは変わりません。

種子

9月になると種子が完熟し、種子の鞘が3つに裂けて来ます。この時は茎が風で揺れる必要は無いのですが、種子を放出する際には、風が重要な役割を果たしています。この時割れた鞘が多少揺れても、割れ目から種子が落ちる事は有りません。それはこの鞘の割れ目には、細い繊維の網が張られているからです。もしこの時鞘が垂直ではなく、横や下向きになっていたら、中の種子は少しの揺れで先端の開放部から直下に落ちてしまい、遠くへは飛んで行けません。この為花後に直ぐに子房を垂直に立てていたのです。鞘の割れ目は下端まで達しています。そこに強い風が吹いた時、その割れ目から鞘の中に風が吹き込み、その渦で種子の一部を上端の開放部まで巻き上げて、外に放出してその強い風に乗せて遠くへ飛ばします。弱い風邪では種子は巻き上がらずに外に出ません。種子は平たくその周りに薄い翼がついています。種子の成分は重い澱粉質ではなく、軽い脂肪に富んだ物になっています。この構造は松の種子に似ていますが、飛翔性能はマツよりずっと良いと思います。松は高い位置から飛ばしますが、ユリは低い位置からなので、その分高く舞い上がる必要が有るのです。

以上の様に、ユリはとても上手く風を利用した植物と言えます。これからはその花だけではなく、全体を観察してみて下さい。

 

次回は「ミヤママタタビ」を取り上げます。

 

ヤマユリ達の生き残り戦略

ヤマユリやササユリは、とても栽培が難い植物です。それは一般の栽培植物には無い、特殊な形質を備えているからです。それ等の形質は、ヤマユリ達の持つ種としての生き残り戦略によるものと私には思えます。それを一言で言うと「環境の良い所に出た株は枯らす。」で、それはどんな戦略なのか、個々に解説して行きます。

環境の良い所から悪い所への進出

生物の種は一旦生まれると,あらゆる方向に変化し進出して行きます。不都合に変化したものはその場で消滅して行き、環境の悪さに都合良く変化したものは、環境の悪い所でも進出して行きます。環境の悪い所では変化が少なく、基本的にはこの変化の流れは、「環境の良い所から悪い所へ」となります。環境が激変して、良かった所のものが消滅して、悪かった所のものが残って居た時だけ、普段と逆方向の「悪い所から良い所へ」となります。環境の良い所の生物は、常にこの激しい変化の競争に晒され、競争には強くても種としての寿命は短くなります。一方環境の悪い所へ進出したものは、競争力は弱く数は増えなくても、安定した生存で種の寿命も長くなります。

ユリについて言えば、タカサゴユリオニユリは前者の仲間で、ササユリやヤマユリは後者の仲間になります。ただこれらのユリの関係では、環境の良い所と悪い所が地理的に近いと言う特徴が有ります。私はその近さがこのユリ達の、独特の生き残り戦略を生んだのではないかと思います。ササユリやヤマユリが重視する環境の悪さは、養分の少ない痩せた土壌とその土壌の厚みが少ない事で、日照についてはそれ程拘ってはいない様です。この様な痩せた環境は、近くに肥沃土壌が深く溜まった所が良く有るものです。例えば昭和30年以前の、畑地に面した斜面や雑木林です。そこは常に植物が刈り取られ、土壌の養分が畑の方へ収奪され続けていた所で、常に痩せてその土壌も薄くなっていました。そこがヤマユリやササユリの、絶好の自生地になっていたのです。ところがそれ以降の日本の食物生産体制が変わり、それらの土地の肥沃化が始まり、そのユリ達の消滅が起きているのです。今では古くから有った道路の崖地等に限られてしまいました。

根の特殊な構造

ユリは球根の上下に根を付ける珍しい形態の草です。上根は茎に付くので、茎が有る夏に主に活躍する根です。下根は球根を下に引っ張る働きが有るので、「牽引根」とも呼ばれています。ただこの呼び方は適当では有りません。確かに下根には球根を下に引っ張る働きは有りますが、引っ張る働きは下根に限らず、上根にも同じ様に強い牽引力が有ります。これを証明する栽培方法として、細長い箱の中央に球根を植え付けます。すると上根は箱が細いので、縦方向には根が張れず、横方向にしか根が張れません。夏の終わりごろになると根の牽引力によって、茎の根元が左右に裂けてしまいます。ユリの根は発根して伸び終わるまでは普通の草の根と同じですが、伸び終わると根の中心部の繊維が縮んで来ます。これが牽引力となるのです。上根も同じ構造です。ユリは色々な理由で、上体を揺らす構造にしているので、その揺れをしっかり支える役目が、この上根の役割なのです。もちろん上根下根とも根ですから、地中から水分やミネラルを吸い上げる働きは有ります。球根が下に引っ張られるのは小さい時だけで、大きくなり球根が下の堅い層の上に達すると、それより下には移動出来なくなります。下根の本当の役目は、引っ張る事ではなく球根が常に堅い層に固着している状態を、確認する為ではないかと考えます。

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上根に引っ張られ、茎の根元が左右に裂けた状態

ユリを脅かす病気

野生のユリはほぼ100%、葉が縮れて涸れてしまうバイラス病のウィルスに、感染していると言われています。でも野生の状態では見た事は有りません。確かに発症したら直ぐ枯れるので、見られないのかもしれませんが、これは感染していても発症しない株が殆どだからです。これは養分の少ない痩せ地の株では、発症しない様になっているからです。以前ササユリの鉢に、果実から作った油粕に似た物を置肥したところ、数日したら葉が縮れて来てしまったので、直ぐそれを取り除いたのですが、次の年には芽が出てきませんでした。このユリ達が痩せた土壌の所にいる限り、ウィルスは何の障害にもなっていません。これはユリが肥沃な土壌に出たか、その土壌が富栄養化してしまった時に、ウイルスの力を借りてその株を枯らしているのです。それは病気ではなくユリとウィルスは、共生関係に有ると言えるのです。

自らを腐らせてしまう目的とその方法

ササユリやヤマユリは、環境の悪い所で生きるユリです。環境が悪くても常に僅かですが変化は起きます。もし偶然環境の良い所に適した形質を持った種子が出来て、その種子が近くの環境の良い所に飛んで行ってしまった際、その株が育ってしまうと当然競争力は強いので、それらの花粉が逆に環境の悪い所まで飛んで、悪い環境の種を消滅させてしまいます。ユリは虫媒花で、種子もランの様に小さくは無いので、花粉も種子もそれほど遠くまでは飛ベません。このユリ達の都合の悪い肥沃地が、容易に飛んでしまう距離だったのでしょう。それを防ぐ為に良い環境に出てしまった株は、自らを腐らせたり病気を発症させたりして、枯らす戦略を採っているのです。まず種子が腐葉土の厚い肥沃な土壌に着地してしまった時、発芽したばかりの小さな球根は下に長く下根を伸ばしますが、堅い地層が無いので根がしっかり張れず、根が急激に縮み腐ってしまい、その腐りが球根まで腐らせて株は消滅します。これはそれらのユリの,栽培適地を判定する基準にもなります。種子を蒔いて一枚葉が出たら、7月に入ったら10株掘り上げて調べます。小さな球根の下根が茶色になっていたら、球根と葉が今は元気でも秋には消えてしまいます。こう言う株が半分以上で有れば、そこは栽培不適地になります。少し大きくなっても土が柔らかい為、伸びた根が急激に縮んだり、球根が容易に大きく下に引っ張られると、根が急激に縮み腐る事により、球根まで腐らせて株は消滅します。

茎の構造とその腐り易さ

ユリの本当の茎は、球根の下部の極僅かな部分です。でも植物体にとっては、とても大事な要となる部分です。地上に毎年現れる茎は、その本当の茎から出た枝なのです。その僅かの茎を、とても腐り易くしてあるのです。ですからそこから出ている根が腐ると、直ぐに本体の茎にその腐りが移って僅かしか無い茎全体を腐らせてしまうのです。更に肥沃な土壌であれば、植物を腐らす菌類の活動はとても活発になります。本来であればこの大事な茎を、腐り難い構造と材質にしておくのですが、全く逆になっています。植物ではこの様に逆になっている事は、時々見られます。例えば、クリの実はとても乾燥に弱いので、雨の日に落下する様なイガの構造を持っています。でもその実の下3分の1は、乾燥に全く無防備になっています。落ちてそのまま3日も経てば、ほぼ発芽力を失ってしまいます。これらは一見矛盾している様に見えますが、種の戦略に基づいて故意にその構造にしているのです。このユリの仲間は肥沃な所に出た株を、土中の腐朽菌の力を借りて消去する為には、この様に腐り易くしておく事が必要だったのです。

遅発芽性の理由

このユリ達は、種子が落ちても翌々春にならないと発芽しない、「遅発芽性」のユリです。これは1年余分に時間をかけて、種子を出来るだけ深く潜らせてから、発芽させたいからだと思います。堅い層により近い方が1枚葉の株の根が、腐らなくて済むからだと考えます。

気候の温暖化

この温暖化については、生物全体の問題で、このユリ達も特別な生き残り戦略は持っていません。涼しい所に移動するか、温暖化に強い形質に変えるかの二者択一です。このユリ達も温暖化によって、生き残りの危機を迎えようとしています。このユリ達は気候の温暖化に弱い様で、夏が暑くなった地域では、気付かれない内にどんどんと姿を消しています。ササユリの方がヤマユリより温暖化には弱い様です。ヤマユリは幸いまだ涼しい所にはかなり見られますが、でも温暖化が今より厳しくなれば、消えるのも時間の問題だと思います。この温暖化の速さには、自然の状態では着いて行けません。人間が早く温暖化に強い形質の株を選び出して、増やしてやる必要が有ります。

 

次回は「ユリと風の関わり」を取り上げます。

 

 

サンショウ

サンショウは古くから日本古来の香辛料として、多くの人に親しまれて来ました。その割りに個々の形質については、知っている人は意外と少ないのです。そこでここでは、その余り知られていない部分を中心に解説していきます。

サンショウは雌雄別株で、当然雌株には雌花が付き、雄株には雄花が付きます。最近これ以外に、今まで知られていなかった両性花が見つかりました。これについては後日花が咲き出す頃に、「アシガラサンショウ」の中で詳しく解説します。雄花は咲く直前の蕾を摘んで「花山椒」として、主に関西方面で佃煮等にして食べられます。新芽に比べ雄花の方は、木を痛めないので全て摘んでしまっても問題有りません。雌花には当然雄蕊は無く、小さなツノの様な雌蕊が2本付いているだけの地味な花で、体積が小さく、食用等に使われる事は有りません。

新芽

春になって新芽が動き出した頃、その長さが2~3㎝に伸びたものを摘んで、佃煮等にして食べます。雌株雄株共に摘まれますが、ただ実を収穫するつもりの人は、雌株の新芽を摘んでしまうと、雌花も一緒に摘んでしまう事になり、実が採れなくなってしまいますので、注意して下さい。料理の香り付けとして使う物は、1㎝程度の小さい芽や一枚の若葉が使われる事が多い様です。料理で「木の芽」と言えば、サンショウの新芽を指すほど、日本では代表的な山菜です。例外的に新潟県の一部では、「木の芽」はミツバアケビの新芽を指す所も有ります。

果実と種子

サンショウは、風媒花でその花粉は、スギ花粉の様にかなり遠くまで飛んでいる様です。実を良く付ける雌株の5m程離れた所に在る雌株より大きい雄株の花を全て摘んでみたのですが、雌株の実のなり方は全く変化が無く、良く実を付けています。その雄株以外に近くには雄株は見当たりません。かなり遠くからしかも大量に飛んでないと、こんなにびっしりと実は付きません。雌株の実は5月中旬を過ぎると、中身の種子はまだ未熟で柔らかさが残っていますが、外観は既に完熟した大きさになっています。それを摘んで「実山椒」として、佃煮や香辛料として使うのです。ただし好みによって実のカリカリする歯応えを楽しむ人は、6月に入ってから摘むと良いです。これはサンショウの持っている、虫や小鳥に対する防御機能の臭みや刺激を、人間が逆にこれを香りや辛味と捉えて、嗜好品や香辛料として使っている訳です。まさに人が「蓼食う虫も好き好き」の虫で、サンショウにとってはとても迷惑な話です。これは果実の外側にあるボツボツした皮にその成分が有り、中身には全く臭みや刺激は有りません。9月に入ると果実の外側が赤く色づいて来て、それが二つに割れて中からツヤツヤした黒い種子が現れます。この種子には辛さも香りも全く有りません。その黒い種子には細い一本の筋が付いていて、種子は下に落ちる事は有りません。これらの状況からすると、サンショウは未熟の時とは逆に、その種子を小鳥に食べさせようとしているのです。外側の皮を赤くして小鳥を呼び寄せて、種子を黒くして小鳥の食欲をそそり、小鳥の嫌がる種子を覆っていた辛みの有る皮は脇に畳んで、その種子を小鳥にとって危険な地表に落とさないのは、小鳥に食べてもらう事を狙った証拠です。では何故小鳥に食べさせたいかと言うと、食べて貰って、遠くへ運んで貰いたいからなのです。でもこの鳥に運んで貰う形態の種子の多くには、鳥の好む果肉を付けているのですが、サンショウの果実には、その様な果肉は有りません。それは果肉ではなく種子そのものを、小鳥に食べさせているからです。クリやドングリも同じこの種子自身を、ネズミやリス等の小動物に食べさせる形態で、運び込まれた巣穴での食べ残しを期待しているのですが、サンショウは小鳥の胃の消化残りを期待しているのです。この場合の種子は適当な硬さの殻が有り、小鳥の胃の中でこの殻が、おそらく95~99%壊されて種子が消化され、残った種子が糞と一緒に排出されて、発芽するのでしょう。まさに小鳥の胃の強さとサンショウの殻の硬さは、絶妙な釣り合いを保っているのです。どちらが強過ぎても、片方には不利になりこの方法は成り立ちません。この消化残りの形態はとても珍しい形です。南方の島のカタツムリが、他の島に移る手段と良く似ています。またこのサンショウの種子には、艶のある黒い薄皮を取ると、その下に焦茶色の油脂膜が現れます。この油脂膜が有ると、種子は発芽出来ません。この油脂が発芽抑制作用を持っているのです。小鳥に食べられず親株の下に落ちた種子は、その油脂膜の為、発芽出来ず枯れてしまいます。この方法の発芽抑制機構は、他にモッコクが有り、こちらは橙色の油脂膜で、小鳥が運ぶ訳では有りません。この様にサンショウは小鳥が種子を蒔いているので、小鳥の棲む里山や人家に近い所にしか、自生しません。ナンテンも同じです。ちなみにサンショウクイという鳥がいますが、これはここで言う小鳥とは違います。その鳥の聞き做しが、まるでサンショウの辛い実を食べて、ヒーヒー言っている様に聞こえるからで、実際にその実を食べている訳では有りません。

サンショウの幹や枝には、葉の付け根に有る冬芽を動物や鳥から守る為に、葉の付け根の両側に棘が付いています。この棘は自生する地域によって異なり、新潟,長野,福島,富山,福井などの豪雪地帯では、棘の無い株が半分近く見られます。園芸種ではアサクラサンショウが、「棘無し」として知られています。これは戦国時代の武将の、朝倉氏の出身地の兵庫県養父市の朝倉に由来しているからで、古くから有った園芸種の様です。サンショウの棘は株によってかなり大きさにバラツキが有ります。豪雪地帯ではない関東地方以西の山中で、野生種で棘無しの株に出会った事は,私は60年程の間にまだ2株しか有りません。野生ではそれくらい稀なのです。それが湘南の藤沢北部地区の住宅地では、実生の棘無し株に良く出逢います。多分園芸店で売られているアサクラサンショウの種子や花粉が多くなっているのでしょう。多分各地の緑の多い住宅地でも、探せば見つかると思います。この棘は新梢が出来た時に作られ、伸びた枝に後から棘が生える事は有りませんので、一度棘を外してやれば、再度生えて来る事は有りません。毎年その年に伸びた枝についてだけ棘を外せば、毎年木全体の枝を調べる必要はありません。事業用の株は無理ですが、家庭の株では面倒ですが安全の為、棘を外しておく事をお勧めします。外し方は刺の有る枝をしっかり押さえて、棘を横に倒す様にすると根本から剥がれて外れます。棘が対ではなく互生しているものは、イヌサンショウです。

サンショウの材としての使われ方としてまず思い浮かぶのは,「すりこぎ」でしょう。何故すりこぎに良く使われているのでしょう。サンショウの香辛料としての香りが考えられますが、その材には香りは全く有りません。もしそれが有ったら、すりこぎの香りが移っては困る食材も有る筈です。古いすりこぎでも、油の様な成分が含まれていますが、匂いや味は有りません。多分すりこぎの材として選ばれたのは、その適度な硬さとひび割れをしない事だと思います。硬過ぎて摺鉢の目を潰す様でも、柔らか過ぎてすぐ減っても困ります。またひび割れがあると、そこに前に調理した食材やカビが入ってしまい、それが新たな食材移っては困ります。いつまでも残っている油脂分が割れを防いでいるのでしょう。ちなみに永平寺にある、「我が身を削って世のために尽くせ」と言う教えの超特大のすりこぎは、杉か檜でしょう。

種蒔き

秋に実が赤く色付いて何個か実が割れて、中から黒い艶のある種子を覗かせて来たら、種蒔き用の実の収穫時期です。実は房の根元から房ごと必要量だけ収穫し、室内に置いときます。一日置くとほぼ全部の実が割れて、中の黒い種子が出て来ますから、それらを皮から外して集めます。この残りの皮の方は、乾燥させて香辛料として使えます。実の収穫と同時に、黒皮剥きの為の貝の荒砂を作って置きます。貝は殻が硬いのでシジミを使います。貝殻を叩いてサンショウの種子の半分くらいの大きさにして置きます。ビニール袋に貝の荒砂とサンショウの種子を入れ、5~10分軽い力で揉みます。すると焦茶色の油脂で貝砂が少しベトベトして来ます。その中から種子を取り出して、新聞紙の上に重ならない様に並べます。その上に更に新聞紙を置き、縦横に動かして種子を転がし、種子に残っていた油脂分を拭き取ります。新聞紙を取り替えてこれを3回繰り返すと、新聞紙に油脂が付かなくなります。更にこの種子を石鹸で洗い、その後水で十分濯ぎ洗いをします。これで種子の油脂の除去作業が完了です。この状態で保存して置くと、発芽力が落ちて来ますので、油脂を取ったらすぐに蒔きます。直ぐに蒔けない時は、油脂を取る前の黒い艶の有る状態で、蒔く時期まで保存して置きます。つまりこの油脂膜には発芽抑制作用と同時に、発芽力を維持する働きも兼ね備えている様です。これは一見矛盾する様に見えますが、とても合理的な機能なのです。この発芽率は7割程度です。用土は普通の種まき用土です。蒔き床は8~10㎝の鉢に一粒づつ蒔く事をお勧めします。箱蒔きやプランターはお勧め出来ません。サンショウは移植を嫌う傾向を持った木です。鉢は葉が枯れるまで、その位置を変えてはいけません。定植は葉が枯れてからにしますが、鉢の置いた場所より日照時間が多い場所に移植すると、枯れてしまう事が有ります。

植物フェロモン

この種蒔きの時、深いプランターの底に用土を少量入れて、蒔き床にしてみました。すごい数のサンショウが密集して発芽して来たのですが、本葉が3枚程度に育った時、突然全ての株が枯れてしまいました。この枯れた原因が気になったので、それを調べる為に翌年に次の様な栽培実験をしてみました。深さ10㎝程の発泡スチロールの箱に、種子の間隔を5㎝程にして植えて置きました。すると今度は高さ20㎝程までは無事育ちましたので、一部を鉢に植え替えてその箱から3m程離れた所と、元の箱に密着した所と、2群に分けて移植して置きました。その後台風が接近して、それらの苗は葉が激しくも擦れ合う様に揺れていました。その嵐の後から箱と箱に密着させた鉢の苗が、葉が黄色くなり始めてひと月もしない間に全て枯れてしまいました。離して置いた鉢の苗は、そのまま成長していました。これはサンショウが気体の植物フェロモンを出している様に思います。フェロモンとは主に動物や虫で、「集団生活において、他の個体の行動を制御する情報伝達物質」とされています。このサンショウに当てはめると,他の個体の行動とは、他の株が自らを枯らす事です。発芽抑制物質と異なる点は、フェロモンは自己と他を区別して働くのに対し、発芽抑制物質の方は自己と他を区別せず、自身に対しても作用してしまう事です。葉と葉が強く擦れ合うと出される様で、何らかの原因で葉が強く擦れ合ってフェロモンが出されても、自身には何の働きかけも有りませんので、何も起きません。ごく近くに他の小さいサンショウが有れば、その株は枯れてしまうのでしょう。深いプランターに植えた株は、この気体が無風の時底に溜まり易くなり、直ぐに枯れたのでしょう。ですからサンショウを植え付ける際、必ず枯れると言う訳では有りませんが、近くにサンショウが有るか注意して見て下さい。今までサンショウに触れた時、独特の匂いを出すのは、鳥や虫に食べられない様にする為と考えられていましたが、直ぐ側に競争相手が育たない様にする為のフェロモンなのかも知れません。

 

次回は 「ヤマユリ達の生き残り戦略」を取り上げます。

 

ギョウジャニンニク

以前植物の調査で長野県北部へ行った時、地元の人が山の植林地の林床に、副業としてギョウジャニンニクを栽培している、と話してくれました。ギョウジャニンニクは沢山は作れないが、林床を利用出来て時間はかかるが手間がかからないので、林業の副業に適した作物なのだと話してくれました。そこで私もギョウジャニンニクを、実際に栽培して調べてみる事にしました。ギョウジャニンニクは人気のある山菜で、北海道,東北,中部地方の寒冷地で栽培,消費されている様です。特に北海道では市場に沢山出回っていて、その殆どが栽培物だそうです。出荷される状態は、成長した株を暗くして育てる「軟白化処理」した物だそうです。関東の白ネギ、関西の葉ネギの関係に似ていますね。

温暖な湘南地域で栽培出来るのか

まずこのギョウジャニンニクを、温暖な湘南でも栽培が出来るのかを、調べてみる事にしました。そこで近くで催された植木市の山野草の所で、産地は不明でしたが、ひと鉢に2,3株入った物を買い求めました。植え方は寒冷地を好む事から、ヤマシャヤクと同じ様に、底に炭のかけらを敷き、その上に鹿沼土を撒き、その上に栽培用土を入れました。容器は発泡スチロールの箱で、深さ15,縦30,横40㎝程度の物です。これは以前から寒冷地に自生する植物は、発泡スチロールの容器に植えると、庭に直植えするよりも良く育つと言う経験が有ったからで、他の方法を試す事なく迷わずこの方法にしました。発泡スチロールの容器は、殆んどの植物で使えますが、この方法が向いている場合は、植えられた植物は根を箱の外に出しません。水抜き穴から根を出すことさえ稀です。発泡スチロールでなくても良い植物は、発泡スチロールを土と同じ様に捉えて、その根は発泡スチロールを突き抜けて、どんどん外に出して来ます。この現象から発泡スチロールの適否を判断すると良いと思います。箱を置く場所は、直射日光が一日3時間近くになる所で、日除けはしませんでした。暑さを嫌う植物は、よく寒冷紗等で日除けをしてしまう場合が多いのですが、そうすと逆に葉が日焼けを起こしたり、花が咲かなくなる等そのほとんどが、その植物を弱らせてしまっている事が多いのです。この方法で栽培すると、秋から冬は地表に緑色の長さ1㎝程度のツノ状の冬芽で過ごし、2月中旬にその芽が動き出し、3月下旬に葉の展開を終えて、4月下旬から5月には花が咲き、7月になると葉は枯れます。この時既に冬芽は地表に現れています。この栽培状況から、熱帯夜や真夏日が続く様な暑さにも十分に耐えられる事は分かりました。ただ残念ながら花は咲いても種子は採れませんでした。別系統の株を近くに置いておけば、種子が採れるのではと思い、長野県の上高地の入り口に在る道の駅で、地元で作られたと言うギョウジャニンニクをひと鉢買い求めて、前と同じ様に植えて隣に並べて置きました。それでも種子が取れないので、手で受粉をしていますが、今も相変わらず種子は毎年3〜5粒くらいしか採れてません。これは花粉を媒介する虫が、全く見られないのが原因でしょう。何百株も栽培すれば虫が来る様になるかも知れません。この少ない種子を毎年蒔いていると、毎年2,3株が発芽し、4,5年かけて普通の大きさにまで育っています。それらを株分けして増やしても良いのですが、ギョウジャニンニクは、株分け以外にちょっと変わった増殖手段を持っています。それは太めの根の途中に木子を生成し、それが新たな独立した株になるのです。その為株分けしなくても、親株からちょと離れた周囲に子株が広がって行くのです。この方法は発芽後3年目ぐらいから始まっている様です。これに似た増殖法を採るのが、園芸種の赤紫の花を咲かせるカタバミに見られます。こちらの方は根ではなくイチゴのランナーの様な増殖専用の腕を地中に伸ばして、その先端に木子を作って増えていきます。施肥については、ギョウジャニンニクやヤマシャヤクは、野生の山野草ですので、肥料は一切与えていません。その代わり乾燥させた小枝のチップを敷いてあります。

以上の結果から、「温暖な湘南でも、ギョウジャニンニクの栽培は可能である。」という結論を得ました。ただまだ大量の種子を得られていませんので、大量栽培の自己完結は出来ていません。この状態では本格的な業務用の栽培は無理かも知れませんが、家庭菜園としては株分けと木子による増殖で十分可能です。また栽培が出来たとしても関東地方では、大きな消費は有りませんので、それを開拓するのが課題になります。

実生株に現れた変異株

購入した株は、植え替えと株分けは全くせずに、観察だけにとどめています。植えたままにするとすぐに箱いっぱいまで増え、それ以上は増えませんでした。それらの株には、変わった変化は見られません。種子を蒔いて育った実生株には、5,6年前と3,4年前に蒔いた2株に、元の株には無い形質が現われました。一つは葉が8月下旬まで枯れずに残る形質です。この株は5,6年前に蒔いたようで、既に多くの木子による増殖の株が見られます。普通の株は湘南地域では、7月入ると枯れてしまいますが、これより2ヶ月近く枯れるのが遅くなっています。もう一つは葉が枯れた後に見られる、1㎝ほどのツノ状の冬芽が9月始めに伸び出して、長さ10㎝幅2㎝程度まで展開して、その状態のまま止まっています。このまま冬を越して、また春に伸び出すのでしょうか。この株も既に木子による子株が1株見られます。この葉が枯れるのが遅くなる株の方は、前々からこの様な傾向が少し現れていたのかも知れませんが、今回の様に子株も含めて、はっきりとその形質が現れたのは初めてです。もう一方の秋に新芽を出してしまう方は、前年にはこの現象は全く現れていませんでした。これらの株は、子株を作る様な大きさまで成長すると,その形質が顕著に現れてくる様です。この二つとも自生地に比べ、葉の活動期間が大幅に長くなっています。多分この為成長が早くなり、その影響が木子を多く生成する要因となって現れていると思います。この変異は温暖な気候にとっては、とても有利な変異と考えられます。気になるのは、まだ実生が50株もいかない状態で、栽培地の環境に適した形質の株が、2例も現れるのは普通は考えられません。「環境の大きく異なる所で栽培した植物は、その環境に都合の良い変異を起こし易くなる。」という事になりますが、そんな論文や学説は聞いた事が有りません。「卵が先か、鶏が先か」の議論を思い起こさせます。ただ偶然その年だけ現れた現象であれば、次の年には現れない筈ですが、何年か続いていたとなれば、本物かも知れませんね。もう一つ考えられる事は、これらの株を作った人工受粉に、その原因が有ったと考える事です。その受粉が上手く行っていななかった証拠に、僅かしか受精していない状況が有ります。もしそうならその不完全な受粉が、何らかの選別を引き起こしたとも考えられます。「環境に有利な形質」が、その選別基準となり易かったのかも知れません。もしこれらの株が花を咲かせる様になったら、この二つの株を交配してみようと思っています。一年中緑が見られるギョウジャニンニクが出現するのでしょうか。まるで冬でも緑の葉が残っている「フユザンショウ」みたいです。人工的では有りますが、寒冷地から温暖な地へ進出して行く進化の過程かも知れません。

 

関心のある方は、難しい設備も必要無いので、栽培してみて下さい。

 

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他の株は全て枯れたのに、この一群の株はまだ緑がしっかりしている。この一群は木子で増殖したもの。(8/12)

 

 

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秋になって伸びだし、この状態で止まったもの。今年が初めての現象。(10/18)

 

次回はサンショウを取り上げます。

 

ナンテンの実

12月に入ると、ナンテンの実が赤く色付いて来ます。このナンテンは「難を転じる」として、縁起が良い庭木として植えられています。葉も殺菌作用が有るとして、お祝い等の料理の飾りとして使われています。このナンテンの実と花に、ただ見ているだけでは気付かないちょっと変わった仕組みが隠されていますので、それを紹介します。ただこの時期には花は見られないので、花についてはその時期に紹介します。またこのナンテンは、小鳥が実を食べることにより増えていますので、小鳥と実の関係についても解説しておきます。

種子の変わった形状

20年ほど前に、シロミナンテン(白実南天)の増やし方を尋ねられた時、「扱った事がないので正しいかどうか判りませんが、株分けして増やす方法が無難だと思います。多分白実の種子を蒔いても、白は中々出ないと思います。」と、これまでの経験を参考にして答えて置きました。その後も白実を蒔くと、白実がどのぐらい出で来るのか気になっていたので、白実を蒔いてみる事にしました。そこで白実の果実を、知り合いから50個ほど分けて貰いました。果実は直径7,8㎜のほぼ球形のものです。早速その表皮と果肉を取り除くと、中から半球形の種子が2個くっ付いて球状になった種子が出て来ました。果肉は白くて柔らかい物ですが、表皮の下に薄く有るだけで、小鳥が好む割には少量です。鳥にとって何か他に薬効でも有るのでしょうか。大きさは異なりますが、コーヒーの実に似ていますね。その実を割って半球形の種子を調べるとその内側が、空気の抜けたゴムボールの様に凹んでいたのです。これを見て私は、てっきりこれはシイナ(中身の無い種子)だと思って捨てようとしました。でも次の果実を開いてみると、同じ形状で又その次も同じでした。そこでやっと意味が有ってこの様な形にしているのだと気付きました。更にその確信を持ったのは、少し小さめの果実を開いてみると、中の種子は1個だけで、その形状は球形ですが、その両側が凹んでいたのです。もしやむを得ず凹んでしまったのであれば、1個入りの球体まで両側を凹ませる必要はない筈です。やはりこれは目的が有って凹ませていたのです。その目的は凹みに残る果肉の、発芽抑制作用だと思いました。この実を小鳥が食べると、凹みの中の果肉まできれいに消化吸収され、それが糞と一緒に離れた場所に撒かれて発芽するのでしょう。もし小鳥に食べられずに親株の根元に落ちれば、表皮と周りの果肉は腐っても、2個の種子に囲まれた凹みの中の果肉は残り、その発芽抑制作用で発芽出来ずに枯れるのでしょう。親株の根元に子株が生えてもらうと、競合して迷惑なのです。もしこの凹みが無かったら、果肉がきれいに無くなって種子は発芽してしまいます。多くの果物の果肉には、動物や鳥を引き寄せて、その果肉を食べさせるだけで無く、同じ理由でこの発芽抑制作用を持っています。この果肉を離さない様に、凹みの形状を作るのはとても珍しい方法です。これに似た方法として見られるのが、桃や梅の種子の殻の形状です。これらは殻に深い溝や穴を設けて、そこに果肉を支える繊維を通して、果肉が容易に外れない様にしているのです。動物の消化管は、この繊維もきれいに消化する様です。

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ナンテンの実を割ったもの、左は一粒入りのもの。

 

白実が出現する割合

話を元に戻して、白実の種蒔きについて解説しましょう。先に予想した仮定に従って、種子の凹みの中の果肉まで、しっかり除去して蒔くと、発芽率はかなり良く7割ほどでした。やはりこの凹みは、シイナではなかったのです。発芽した苗については、この時はまだ赤白の判別法を知りませんでしたので、木が大きくなり実を付けるまで待つしか有りませんでした。成長して実を付けた株を見ると、白は1割ほどで他は普通の赤でした。またそれと同時に、赤白の判別法も判りました。ふつうのナンテンの赤は、実が赤くなるだけではなく、全体の葉も赤みを帯びています。特に実が赤くなる秋冬は赤みが増して来ます。一方白実の方は、一年中葉は緑色です。葉の緑と赤みの差は僅かですが、慣れて来るとはっきり区別出来ます。この差は、実の付かない苗の時でも現れています。これは園芸業者が白梅と紅梅を取り引きする際、枝を切ってその断面が赤みを帯びているかいないかで、判定しているのと良く似ています。これなら花の時期で無くとも判定出来ます。この白を蒔いて白の出る割合は、実を採取した株の周りに、どれくらい白の株が在ったかにより、ななり違って来ると思います。現にこの時作った苗の白だけを残し、赤を除去して庭に植え付けて置いたところ、庭に実生する苗の白が増えて来ました。多分5割を超えているのではないかと思います。

白実と赤実の関係

ナンテンの実の赤いのは、それを食べる小鳥に遠くからでも、良く目立つ様にだと思います。それで実だけでなく木全体を赤みを帯びさせているのです。赤は鳥の食欲をそそる色と思われがちですが、食欲にはあまり関係無い様です。それを確認する為に、こんな植え方をしてみました。赤い実のナンテンの傍、約1.5と2mの所に2株の白実ナンテンを植えて置きました。これを鳥がどの様に食べて行くか、観察してみました。年により多少異なりますが、赤も白もほぼ同じ様に減っていき、ほぼ同時に無くなりました。もし赤が鳥の食欲をそそる色であれば、白は減らずに残るかずっと後に無くなる筈です。多分赤で引き寄せられた鳥が、隣の白実を見つけて、同じ様に食べて行ったのでしょう。この「赤が鳥の食欲をそそるか」の問題は、皮や周りを赤くして鳥を引き寄せて、黒い種子を食べさせる例が多い事から、多分黒か紺が鳥の食欲をそそる色なのでしょう。

白実の有る訳

次に何故白実ナンテンが存在するのかを考えてみましょう。白は目立たないので鳥を引き寄せる力が弱く、赤に比べて生存の競争力が劣ります。私はナンテンは元々白実で、そこに競争力が強い赤が突然変異で現れて、白を駆逐して行ったのではないかと考えています。これは植物の進化の過程です。そんな中で古い形質の白が偶々現れると、人々が珍しがって保存して増やしたのではないでしょうか。植物では進化する前の形態が、稀では有るが現れることが有るのです。

 

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赤いナンテンの実、奥に白実ナンテンがある。

 

補足

ナンテンでは以前から最近まで、ずっと気になっていた事が有りました。それは「南天の床柱」です。ナンテンは株立ちする木で、太い幹が一本立ちする木ではありません。20年以上経つと一株でも幹が十数本にも成りますが、その中の太い幹でも直径は5㎝を超える事はありません。幹は丈夫で堅いのですが、いかんせん柱には細過ぎます。ですからたとえ飾り柱であっても、床柱にはとても無理です。最近分かったのですが、やはりナンテンではなくそれは「イイギリ」でした。イイギリはその赤い実が房状に着くので、それを縁起の良いナンテンに見立ててこの木を、「イイギリナンテン」と呼ぶそうです。ナンテンでは床柱は作れないので、このナンテンの名の付いた木を縁起の良い木として使ったようです。ちなみに、この実はピラカンサと同じ様に、鳥にとってはあまり美味しいものではない様で、中々食べてもらえず最後まで残っています。

 

次回は「ギョウジャニンニク」を取り上げます。

 

ヤマユリ

温暖化で消えてゆくヤマユリ

最近湘南地域では住宅地の近くや道路に面した崖地や斜面で、以前はよく見られたヤマユリの花を見かける事がほとんど無くなりました。我が家の庭で後記の特別な栽培法で栽培し、花を咲かせていた鉢植えのヤマユリも、十数年前にそれまで良く咲いていた多くの株が、ほとんど消えて無くなりました。消えていった状況は、春から元気に伸びていた株が、7月に入ると葉が黄色くなり始めて、8月になると枯れてしまい、翌年には芽を出さずに消えていく株が何株か出て、終いにはほとんどの株が同じ様な状況を経て消えてしまいました。これは最近酷くなっている温暖化の影響ではないかと思います。そのユリが消え始めた時期が、その頃熱帯夜の日数が、それまで一夏に4,5日だったものが、20~30日と増えた時期に一致している様に思います。ササユリの方が、少し先に消えて行った様に思います。ヤマユリやササユリは、温暖化にはかなり弱いのでしょう。湘南地域では、住宅地から離れた里山の雑木林の中にはまだかなり見られるヤマユリが、更に温暖化が進むといずれ消えてしまうと思います。

そんな中で我が家で、1株だけ枯れずに毎年花を咲かせているヤマユリが有りました。ヤマユリも個体によっては、温暖化に強い形質の株が有る様です。その株から種子を採取して、温暖化に強い株を増やしていければ良いのですが、ヤマユリは自家受粉しないので、何度受粉を試みても種子を着けてくれません。木子で増やしてもクローンですので、増えた事にはなりません。そんな時に2年ほど前に、何年も放置して置いたユリの鉢に、夏を過ぎても枯れない小さな茎立ちしたヤマユリがあるのを見つけました。葉の形や色からすると、明らかに今咲いている株とは別系統です。多分以前に咲いていた株の種子が散って、その中の耐暑性を持った株が育ったのでしょう。この様にしばらく眠っていた種子や一枚葉の株が再び動き出す事例は、ヤマユリやササユリには時々見られる現象なのです。その株を良く日の当たる場所に移しても、枯れる事なくとても良く育っているので、この株は耐暑性を十分持っていると思われます。安全を考えてその株を木子で増やすと、数株になりました。元の株も大きくなり、来年には花を着けそうです。そうなればやっと温暖化に強い耐暑性を持った株同士の受粉で種子が採れ、より耐暑性の強い株が大量に得られそうです。

ヤマユリは耐暑性さえ有れば、うまく育つ訳ではありません。その他の条件が上手く揃わないと,自生して増殖は出来ません。自然の状態では、今回程度の確率で耐暑性を持った株が出現しても、かなりの年数を費やさないと増える事は難しいと思います。この温暖化の速さではその様な時間的な余裕は無く、今の温暖化にはついて行けないでしょう。でも人が少しだけ選別と交配や移動の手助けをすれば、この温暖化を乗り越えられると思います。その他の条件を満たす栽培法は、後記の通り既に習得していますので、これからそれをやってみようと思っています。

 

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暑さに耐え、毎年花を咲かせているヤマユリ

 

ヤマユリの栽培法

ヤマユリやササユリはとても気難しい植物で、栽培は難しいと言われています。確かに普通の栽培植物と同じ様に扱うと、上手く育たない様です。このヤマユリやササユリを育てるには、普通の栽培植物ではやらない、3つの要点が有ります。

その要点の一つ目は、土壌です。その土壌は球根の下端を境に、上下にはっきりと土質を分ける事です。下はしっかりとした堅い状態で、根がやっと入る程度の隙間が有る石や固い粘土のようなものです。上は普通の栽培用土です。私の鉢植えの場合は、背の高い鉢を使いその下半分に岩手の切り炭を縦に詰め、その全ての隙間には炭のかけらを詰めて置きます。その堅さは、鉢を逆さにしても落ちない程度に詰めます。上半分は普通の腐葉土混じりの庭土を使います。

二つ目の要点は、施肥です。肥料分は極力抑えて、園芸店に有る肥料を加えていない栽培用土のままで良く,特に速効性の肥料は厳禁です。私の場合は、全く肥料は与えていませんが、それでも毎年良く花を咲かせています。その肥料の代わりに、庭木を手入れした時に出る細い樹木の小枝を、長さ1㎝程に刻んで、それを十分乾燥させた物を、鉢の乾燥防止も兼ねて肥料の代わりに、表面に厚さ1㎝ほど敷いて置きます。それが2,3年かけて徐々に腐っていきますので、その分補充して置きます。枯草や落ち葉は、すぐ腐ってしまうので使いません。

三つ目の要点は、移植法です。これらのユリを移植する際は、ユリの球根の下根を完全に取り除かなくてはいけません。1㎜も残してはいけません。またこの根を切除する際は、切断面の組織を傷めない様、良く切れる刃物(例えば卸したてのカッターナイフ)で、刺身を切る様に刃を滑らせながら切ります。一度彫り上げてしまった球根の下根は、残しておくと有害で何の役にも立ちません。その球根を堅い用土の上にそっと置いて、その周りと上に普通の用土を入れて移植します。用土の深さは、球根の上に球根の高さと同じぐらいとします。この移植はどの時期でも出来ますが、緑の葉の付いた茎が有る時は、茎に付いている上の根は、絶対に触ってはいけません。具体的には茎を中心に半径10㎝程の土は崩さずに、その下の球根を確認し,その球根ごとそっと掘り上げます。この場合でも、球根の下根は完全に切除します。これを堅い土壌の上にそっと置いて移植します。この様に緑の葉の有る時は手間がかかりますから、移植は茎が枯れてから行う方が、楽で安全です。

種蒔き

次にこれらのユリの種蒔きについて書きます。蒔き床の構造は先の土壌の方法と同じで、堅い用土の上に薄く土を撒いて表面を均して,その上に種子を蒔いて、そこに2,3㎝の土を被せて置きます。成長に合わせて、上の土は追加していきます。蒔く時期は、採れたらすぐに蒔く「採り蒔き」です。なおこれらのユリは遅発芽性で、翌春ではなく2年目の春に発芽して来るので、そのつもりで気長に待っていて下さい。種子の採取は、秋になってもまだしっかりと緑の葉を残している株を探し出し、種子の鞘の先端部が少し割れ始めた頃に採取します。この様な株は、耐暑性を持っている場合が多いと思われるからです。蒔いた株が茎立ちして来たら、本植えの鉢や土に先の要領で移植します。

株の管理

は私の場合は、一度移植したら植え替えはしません。また農薬も一切使いません、害虫は手で捕ります。栽培種のユリは、アブラムシをとても嫌いますが、この栽培法ではアブラムシが付いてウイルスに感染しても、病気を発症する事は有りません。水やりは、葉がある時に日照りが続く時は、1日一回行います。耐暑性が無いヤマユリやササユリを栽培する場合は、一日の日照が3時間を超えない程度の場所を選んで下さい。また耐暑性が無いからと言って、寒冷紗等で日除けをするのはお勧め出来ません。短時間でも直射日光は必要で、日除けをすると花が咲かなくなります。

 

以上この栽培法は、ヤマユリやササユリが採っている生き残り戦略を考慮して、考案した方法です。この「ユリ達の生き残り戦略」については、後日紹介したいと思います。もしヤマユリやササユリを栽培する機会があれば、この栽培法も試してみて下さい。

 

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木子を採取する前の元の株

 

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木子の付いた球根。親の球根はいじってはいけません。

 

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木子の球根の下根を切除した状態

 

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鉢に切り炭を詰めて、土で均した状態。この上に木子を置きます。

 

次回は「ナンテンの種子」を紹介します。