アシガラサンショウ

そろそろサンショウの花が咲き始める季節になりました。サンショウは雌雄別株の樹木です。雄花を付ける雄株の中に、その雄花に混じって、雌しべと雄しべを持った両性花を付ける株が見つかりました。両性花を付ける株はまだ報告されていなかったので、この様に両性花を付ける株を「アシガラサンショウ」と呼ぶ事にしました。今回はこのアシガラサンショウを紹介します。

発見の経緯

十数年ほど前に、箱根山の外輪山の東側の登山道を歩いていた時、直径10cm程のサンショウの大きな木に出会いました。その木の枝をよく見ると、棘が付いていませんでした。豪雪地帯では棘の無いサンショウは珍しく無いのですが、この地域ではとても珍しかったので、枝を採取して家で揷し木苗を作りました。その苗を庭に直植えして置いたところ、10年程して高さ3mの大きさになった頃、周りの草刈りをしていると、雄株である筈のその木に、実が1個付いているのに気付きました。驚いてその木の全体を調べてみると、他に8個も見つかりました。そこで知り合いの大学の先生と相談して、翌春に花を調べてみる事にしました。初めは雄花に混じって雌花が有るのだろうと思って調べていたところ、雌花ではなく雌しべと雄しべの有る両性花が混じっていました。この発見をその先生と一緒に園芸学会に発表しました。その際この木を採取地に因んで、「アシガラサンショウ」と名付けて頂きました。ちなみに採取した元の木は、その数年後にあった酷い日照りで枯れてしまいました。

両性花の詳細

この両性花を見つけてから数年になりますが、良く調べてみると色々な事が分かりました。雄花に混じる両性花の比率は、多分1割近くではないかと思われます。花が小さくまた雌しべが不完全な花も多いので、その正確な比率は良く分かりません。両性花の実が止まるのは、その中の1割程の様です。サンショウは風媒化で、普通はとても着果率は高いのです。近くに在る雌株は、ほとんどの花が実を付けます。ですからこの着果率の低さには、何か特別な理由が有りそうです。考えられる理由としては、自家受粉を殆どしないのに、自分の花粉が先に付着してしまい、通常の受粉が出来ない為なのかも知れません。最初に見つけた年は、雄花を「花山椒」として食用に採取した残りなので、実が9個しか有りませんでしたが、その後は毎年40個程の実が付いています。両性花の数と実の数は、年による変化はあまり無い様です。ただ枝による実の濃淡の変化は有る様です。雄花の花柄は花が終わるとすぐに花と一緒に落ちるのですが、両性花の花柄は花が終わって実が止まらなくても、花が落ちた後1週間以上残っています。普通のサンショウの雌花は、雌しべを2本付けるのが普通ですが、両性花の方は殆ど1本で2本は僅かです。

雌株に付く両性花は?

今回見付けた両性花の付いた株は雄株でしたが、雌株にも両性花は付くのでしょうか。今回は両性花ではなく雄株の実を見付けたので、両性花の存在が分かったのですが、雌株には実が付くので実から調べる事は出来ません。雌株の場合は、花を調べるしか方法が有りませんが、花を調べる事に限って言えば、雄しべが目立つので、雌花の中の両性花の方が、見付け易いと思います。でも両性花が有るかどうか分からない株を、花だけで調べる事は、やってみると実際には不可能です。今のところ、雌株に両性花が存在しない根拠は無いので、多分有るだろうと思っています。このアシガラサンショウの実生株に出て来るであろう雌株には、両性花が現れる可能性が高いので、丹念に花を観察すれば「雌株にも両性花が付くか」の答えが出るのではと期待しています。

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5本の雄しべの中心に1本の雌しべが見られます。普通の雌花の雌しべは、2本が普通です。

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採取した果実です。

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右の方が去年の9月に蒔いた、アシガラサンショウの種子の3月中旬の発芽の様子です。左の方は紛れ込んだイヌシデと思います。葉が出ると分かります。

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アシガラサンショウの揷し木苗です。サンショウは緑枝揷しで容易に増やせます。

他の雌雄別株の樹木の両性花

サンショウで両性花を見付けて以来、他の雌雄別株の樹木についても気を付けていました。そんな時庭のギンモクセイの枝が、隣の木と絡み合っていたので剪定しました。その枝を念の為に詳しく調べてみると、4個も実が見付かりました。すぐ木全体を調べてみると、まだ8個も見付かりました。ギンモクセイは園芸種の樹木で、雄株しか存在しない事になっています。それ以来2年ほどその木の花を観察していますが、両性花も実も見付かりません。こちらは年によるバラツキがある様です。情報を調べてみると、ギンモクセイに実がつく事は時々報告されている様でした。更に我が家にあるヒイラギの雄株にも、実が付いているのを見付けました。その木は二十数年前に近くの山で採取した木です。隣の屋根の上に伸びてしまった、太さ7,8cm長さ2m程の枝を切り取った時、一日がかりで葉を一枚づつ取り外して丹念に調べてみました。するとギンモクセイによく似た実が2個見付かりました。全体を調べようとしたのですが、葉の棘が痛くて無理でした。でもこの割合から考えると、まだ数個は有りそうです。この木もその後もよく調べているのですが、まだ両性花も実も1つも見付かりません。

これ等の雌雄別株の雄株で実の付く事例は、全く報告されていないか極僅かです。この無作為に採取した3株が、同時に一箇所に集まる確率は何億分の1となり、これは有り得ない事象です。これはやはり「報告が無い事は、それが存在しない事」、とした前提が間違っているのでしょう。ですから雌雄別株の雄株で実を付ける事は、実際にはかなり頻繁に起きているのですが、全く気付かれていないのでしょう。確かにこれ等を意識して見つけるのは至難の業です。ましてや雌株に付く両性花を見付けるのは、全く無理です。その実は両性花によって出来たとは、断定は出来ませんがほぼ間違いないと思います。進化の前に戻っている変化と考えると、納得できます。もしこの事に興味と暇のある方が居られれば、身近に在る雌雄別株の雄株を丹念に調べてみて下さい。

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ヒイラギの果実です。

両性花をつける株探し

両性花を見付けてから、他にも両性花を付けるサンショウの株が有るか調べようと思い、サンショウの多く生えている山に出かけて探してみました。花を調べるのは難しいので、実の付いた雄株を見付けようとしたのですが、まだ1本も見付けられません。雌株にある両性花を見付けるのは殆ど不可能ですが、雄株ならば見つけられると思って探したのですが、その実の比率が低すぎるのと、足場の悪い山中なので見付けられませんでした。でも先に述べた通りこの様な株は見つけられないだけで、実際にはかなり存在するのではと思っています。

両性花の意味

この両性花は、サンショウが雌雄別株に進化する前の形態だと思います。ついでですが、進化前の両性花には雌しべは1本だった様で、雌雄別株に進化する前後に、現在の2本に変化した様です。

生物は常に凡ゆる方向に変化していますが、その変化が環境や競争に都合の良いものだけが進化となったり、異なる環境への進出となります。この雌雄別株は自家受粉を避ける究極の方法であり、他の多くの植物が採用して進化して来ました。植物が変化する凡ゆる方向の中には、進化の前の状態も含まれます。普通はその様な変化が現れても、それは都合が悪かったので変えたのですから、すぐに消滅して人の目に触れる事は有りません。でもこの様な変化は必ず少しですが現れているのです。このサンショウで言えば、進化前の元の両性花が少しだけ現れる現象だと思います。人はこの現象を利用して、食用化や観賞用等に変化させているのです。

両性花の世代変化の確認

ではこの両性花で出来た種子は、どの様な形質を持っているのでしょう。まずこの種子がどの様に出来たかです。自家受粉と他家受粉のどちらか又は両方が考えられます。他家受粉であると、この形質は半分しか伝わっていない事になります。サンショウの実生株は、普通は雌株と雄株の比率はほぼ半々になるのですが、この実生株も雌株と雄株の両方が出てくる事を期待しています。もし両性花の付く雌株と雄株が現れれば、それ等同士で他家受粉の実生株が得られます。そうすれば確実に両性花を受け継いだ株が得られ、その形質を調べれば、色々な事が分かって来ると思います。その雌株にも両性花を付けるのかや、両性花の数の比率はどうなるのかや、雌しべの数は等、とても興味は尽きません。でもサンショウは気難しい木で、環境や移植に影響されて、大きくなる木は少ないのです。この現在成長中の実生株達が花を付けるは、少なくとも後1,2年はかかりそうです。

 

次回はまた春の庭の様子をお見せします。