ザロンバイ(座論梅)

やっと暦の上では春になりましたが、春に先駆けて最初にわが家の庭に咲く木の花がウメです。今年はウメやスイセンの開花がかなり遅れている様に思います。12月初めに咲き始めた冬至梅も、その後開花が止まり1月下旬にやっと満開になりました。例年1月下旬に満開になるザロンバイが、2月中旬になってやっと満開になりそうです。このザロンバイについては、あまり知られていない様ですので、詳しく紹介します。

名前の由来

昔中国で物事を決める際、皆が一堂に集まって議論を交わし、その議論に敗れた者が一人また一人とその場を立ち去り、最後に残った者の主張が通ると言うやり方を「座論」と呼んだそうです。このザロンバイも花が咲いた時は、花の中心の雌蕊が3〜10本有りますが、花が散って子房が大きくなるに従って、大きくなれなかった子房が一つまた一つと落ちて行き、最後まで落ちなかった1つ又は2つが実に成ります。この一つ一つ落ちて行く様子が、その「座論」を連想させるので、この名が付いたそうです。ちなみに宮崎県に在る天然記念物の「座論梅」は、伸びた枝が匍匐する様に地面に接地して根を出し、株を広げて行く珍しい形態の梅で、江戸時代に隣接する藩主がその梅の側で、その所有権を議論した事から、この名が付いたそうです。全く同じ名称で同じ漢字ですので紛らわしいですが、片や実の成る形態と片や固有名詞とで、全く別ものです。

ザロンバイになる要件

ではザロンバイと呼べるウメとはどんなウメなのか、解説して行きましょう。まず第一の要件は、雌蕊が複数有る事です。花弁が一重のウメで雌蕊が複数有るウメは無く、従ってザロンバイは八重のウメになります。ただ八重のウメが、全て雌蕊が複数有る訳では有りません。八重のウメの雌蕊の数は、雌蕊が無い花が一番多く、次に多いのが雌蕊が複数有る花で、雌蕊が1本の花が僅かとなる比率になります。雌蕊、雄蕊、花弁は、元々同じ物から変化した器官ですので,どれか一つだけが多くなる事は不自然で,この全てが多くなるのが普通なのです。次に挙げられる要件は、強い自家受粉性を持つ事です。ウメは一般に自家受粉をしない木です。ちなみに果樹のウメでは「花香美」が八重の紅梅で、自家受粉性を持つウメですが、雌蕊は1本です。これはウメの中では珍しい形態です。八重の花は雄蕊の数も多いのですが,その花粉が受精能力を持っているとは限りません。多分受精能力が無いか弱い方が殆どだと思います。ですから八重の花も自家受粉する者は少ないと思います。即ちザロンバイと呼べるウメの要件は、雌蕊を複数持ち、且つ強い自家受粉性の二つを持つ事です。八重咲きのウメで雌蕊が複数有って、自家受粉をしない株はかなり有ります。その様な株が何年かに一度、ザロンバイの様な実の成り方をする事が有りますが、花粉を媒介する虫が花の時期に大量発生した年です。牧野富太郎氏の文献では、ザロンバイを一つの品種として扱われていますが、これは実の成る形態を表す分類で、品種ではなく枝垂れや八重咲き等の形態の一つと捉えるべきだと思います。

珍しいウメなのか

この二つが要件であれば、何処にでも有りそうに思えますが、一般に殆んど知られていないのは何故でしょう。考えられる理由は二つです。まず一つは、「この二つの要件を満たすウメは、殆ど存在しない」です。ザロンバイを知って以来、20年以上気にかけて八重のウメを見ているのですが、まだ1株も見つけられません。果樹園には元々この様なウメは植えませんし、観光梅園のウメは実を付ける手入れはしません。それ以外のウメを調べる機会はそう多くはありません。山梨県に、紅梅と白梅の2本が、県の天然記念物として有るのは、既知なのでそれは別です。もう一つは、「ある程度存在するのだが、気付かれない」です。私はこちらの方が、可能性が高いとのでは無いかと思っています。ウメは庭木の花木として手入れすると、実の付きがとても悪くなり、この要件に合っていてもなかなか気付かれないでしょう。これを見つけるには、花後1ヶ月程良く観察していなければなりません。この「本当に少ないのか、気付かないのか」の何方なのかは、多くの人の目を借りないと判定出来ません。もし興味のある方が居られれば、是非身近な所にある八重の梅を調べてみて下さい。

我が家のザロンバイの発見の経緯

20年以上前に庭木を纏めて譲り受けた時、その中の1本に八重の紅梅が有りました。それを果樹の様に手入れしたところ、沢山実を付ける様になりました。その中の実に双子が多かったのが気になって、翌春に花を良く観察してみると、全ての花の雌蕊が4本になっていました。花が散ると4個の子房が出来て、それが小豆大になると次々落ちて、殆どが1個になっていました。文献で調べてみると、これと同じ様な実のなり方をするウメとして、ザロンバイと言うウメが有ると書いてあり、初めてザロンバイと言うウメを知りました。入手したウメの花は雄蕊の数が多く、中心にある雌蕊の柱頭が隠れる様に、雄蕊が覆い被さっていました。この状態では虫が来る前に風がなくても、自然に受粉してしまいます。ちなみにこのウメの実は、皮が薄く種子が小さめで、梅干し用に適している様です。ただし酸味は白加賀よりはかなり弱い様です。また自家受粉が強い為、成るに任せていると成り年と裏年の差が、激しく出てしまいます。また成り年の時は、摘果しないと小粒の実になります。

ザロンバイの用途

このザロンバイの要件の一つに、強い自家受粉性が有りますが、この花粉には自身を受精させる能力だけでなく、他の株の花を受精させる力の方が更に強い事が考えられます。つまり花期さえ合えば、とても強力な花粉樹としても使えると言う事です。以前は果樹の花粉樹は、雄蕊の数が多いと言うだけで、花粉樹に選んでいましたが、今はその花粉の受精の良さを基準に選ばれています。このザロンバイは、花粉の量も受精の良さも持っています。ただ花粉樹として使う場合は、実がなり過ぎて成り年と裏年が生じ無い様、摘果作業が必要です。

またこの自家受粉性がとても強い事を利用して、何代にも亘ってザロンバイだけを選び、自家受粉を繰り返して形質の純粋化した品種を作り、農薬や肥料や環境等に関する栽培比較実験に、試験用種子の採取株として使えると思います。この様な実験には、使う種子の形質が揃っていないと、正しい判定は出来ません。医学で使うマウスの様な物です。虫による他家受粉をしてしまう確率が低いので、容易に作れると思います。入手した木がザロンバイと判明した次の年、その種子を1個蒔いてみました。発芽後5年目に実を付けました。花は薄桃色の八重咲きで、雌蕊は全て3本でした。花は殆ど受粉しましたが木が若い為か、実は僅かしか残りませんでした。でもザロンバイである事は確認出来ました。この木はその後ウメ農家に花粉樹として引き取って貰いましたが、周囲の木の結実が良くなったとの報告を受けました。

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ザロンバイの花

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実が落ち始める前のもの (19年3月24日)

 

 

次回は、「木性蔓植物の花を早く咲かせる誘引法」を取り上げます。